遠隔操作で顧客支援サービスを行う、avatarin(アバターイン)株式会社(以下、avatarin(株))のアバターロボット「newme(ニューミー)」をローカル5G環境で使った実証実験が2024年1~2月に八丈島空港で行われました。今回の実証実験の目的と成果について、avatarin(株)の連携研究部/ソーシャルソリューション部部長 筒 雅博さんと、東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻中尾研究室の特任専門職員 竹澤 寛さんにお話を伺いました。
4Gとローカル5G環境下でアバターロボットの運用を比較検証
―まず、今回の実証実験の目的を教えてください。
筒:観光客への対応をアバターロボットで行うことができれば、慢性的に人手不足の離島でも遠隔操作により都市部の人材がサポートすることができます。訪日観光客に多言語で対応することも可能で、観光産業の振興に役立つでしょう。
ですが、4G環境下では通信量の確保が安定して行えず、アバターロボットによるサービス提供に問題があるかもしれません。そこで今回は、期間を分けて4Gとローカル5G両方の環境下でサービス提供を行い、比較を試みました。そうすることで、ローカル5Gでアバターロボットを運用することの優位性を証明することが目的でした。
―具体的には、どのように行ったのですか。
筒:アバターロボットを配置したのは、八丈島空港ビル2階総合ロビーの観光案内所前です。旅客が到着すると一気に100名強のお客様が出てくるので、空港ビル内外の設備案内や島内の観光案内などのニーズがあります。そこに1台配置して、東京・日本橋のオフィスから1名のスタッフが遠隔にて案内を行いました。
実施したのは、団体ツアー客が訪れる木曜日を含めて、1月に4日間、2月に3日間を2回の合計10日間。到着便に合わせて1日2回、英語対応のできる接客スキルのある人材が対応しました。1月は4G環境下で、2月の2回はローカル5G環境下での運用です。同じスタッフが対応するので、サービス提供側にとっての4G/ローカル5Gの比較もできました。
―そもそもの、4G環境とローカル5G環境の違いを確認させてください。
筒:4Gは通信キャリアが発信している公衆系の通信で、発信されている電波をそのまま使うことになります。平常時は問題ないのですが、到着客により電話やLINE、観光案内所のキャッシュレス決済にと一気に使われると、アバターロボットで観光案内をするにはネットワークの取り合いになると予想されます。
一方、ローカル5Gであれば自分たち専用の通信を取ることができるので、そもそも使いたいときに使いたい場所で遠隔でサービスを行うためのアバターロボットの価値を存分に示すことができるわけです。そこでローカル5Gの技術面を今回は、東大中尾研究室の竹澤さん、土肥さんにお願いしました。
現場の実務を邪魔しない、コンパクトな基地局ソリューション
―では、まず中尾研究室の活動についてご紹介をお願いします。
竹澤:当研究室では、「Beyond 5Gへのサイバーインフラの進化」「ソフトウェア化による柔軟なサイバーインフラの構築」「次世代サイバーインフラを利活用する地域創生」という3つの軸で研究、教育、社会実装を進めています。
具体的には、2030年頃の実現を目指すBeyond 5Gの情報基盤技術およびVR/AR/MRや遠隔監視制御など応用技術の研究を行ったり、ソフトウェアで柔軟にネットワーク機器を構成して、人間の知性や経験を超越して最適化し、障害自動検知予測などの機械学習を情報通信へ適用する「超知性ネットワーク」の実現を研究。また、大容量・低遅延・多数接続を特徴とする5G・ローカル5GやIoT/AI・機械学習を駆使し、膨大なリアルタイムデータの収集・解析により、地域における課題解決や産業振興など、地域創生の推進の研究を行っています。
avatarin(株)との連携は、これらの研究により社会課題の解決や価値創造ができるかをフィールドで実証する活動の一つであり、2023年よりアバターロボットの評価研究を行っています。
―実際に、八丈島空港ビルでローカル5Gをどのように設置したのですか。
竹澤:光回線を使ってローカル5Gの小型な基地局を設置させてもらい、空港2階の到着口と出発口の一部をカバーするように申請して実証実験を実施しました。
―実際に、八丈島空港ビルでローカル5Gをどのように設置したのですか。
竹澤:光回線を使ってローカル5Gの小型な基地局を設置させてもらい、空港2階の到着口と出発口の一部をカバーするように申請して実証実験を実施しました。
当研究室では、社会実装のためにはコストを抑えてリーズナブルにネットワークが使える環境をつくることが大事だと考え、一般用の電源とインターネットに接続するだけでローカル5Gの無線通信が利用できる機器を開発しています。脇に抱えられる程度のコンパクトなサイズで、設置場所を選ばず、今回も観光案内所のカウンター横に設置しました。ここから数百メートル圏内でローカル5G端末、今回で言えばアバターロボットと通信が行えます。
ピークタイムでも高品質でサービスを可能に。ローカル5Gの真価を証明
―そうして行った実証実験の結果を教えてください。
筒:アバターロボットは、地方の空港や人が多く集まるエリアでは個別のネットワークにつながっていることが非常に有用だという仮説を実証できました。
具体的に、アバターロボットの通信量を示すグラフを見ると、空港に人の少ない平常時は安定しています。しかし、到着便が近づいて送迎の人が増え、到着して到着口が混雑すると、4G環境ではアバターロボットの通信量が不安定になり、遅延も増大しました。このときの状況としては、到着した人が通信を一斉に行うと、アバターロボットは通信が切れないよう追従しようとして通信量を減らしていきます。そうして合間に通信が抜けるのは接続が切れている状態であり、画質や音声に問題が生じています。
遅延量というのは、ロボットから送られた通信データがサーバに届くまでにかかる時間を意味し、いろいろな通信が混在していると遅延も大きくなるのがこのグラフから分かります。
一方、ローカル5G環境では通信を専有しているため、通信が一斉に行われても変わらぬ通信量を確保できているため、接続が安定しています。遅延量も変動がなく、質の高い通信が保たれていると分かります。
また、業務に当たったオペレーターからも、「通信が安定しているので業務に集中できる」「高画質で音声もクリアなので、疲労やストレスが軽減する」という声がありました。
―この結果から、今後アバターロボットの運用について、どのような展望を描けそうですか。
筒:ピークタイムでも変わらず高品質でサービス提供が可能だという、ローカル5Gの価値が証明できました。ですから、引き続きキャリア通信のなかで5G開通を要望していくのに加え、今回のようなローカル5Gの形により自分たちで基地局を置いて運営するという選択肢も現実的に推し進めていきたいです。中尾研究室でも、ローカル5Gをできる限りコストを抑えて社会実装するべく企業連携で商用展開も活動されているので実装に向けて引き続き、より良いやり方を一緒に進めていきたいです。
また、今回は追加で、地震などの災害時を想定した検証も行いました。光回線が使えなかった場合に備え、衛星通信(スターリンク)を経由してもローカル5G×アバターロボットによる遠隔支援が可能かという検証です。データ収集と接続検証のみでしたが、離島での通信のバックアップ策として有効だと分かりました。2024年1月の能登半島地震で通信インフラが寸断され、救助や復旧に甚大な影響を与えたこともあり、今後の実証実験でもこうした観点を意識していきたいと考えています。