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上智大学 理工学部 物質生命理工学科 教授
堀越 智
- エネルギー
- 環境/アグリ
マイクロ波を化学や生物へ利用!?
1.はじめに
現在、日本における電子レンジの世帯普及率は98%以上で、冷蔵庫や洗濯機と並ぶ代表的な家電といえます。
電子レンジはマイクロ波をエネルギー源とした食品加熱家電ですが、近年では化学反応にこれを用いることで、簡便に化学プロセスを構築できることが知られています。
また、既存マイクロ波発振器であるマグネトロン(真空管技術)から、半導体式マイクロ波発振器に代替えが始まり、その「揺らぎ」がないマイクロ波が革新的なマイクロ波応用を切り開こうとしています。
本講演では、この半導体式マイクロ波発振器を利用することで恩恵が得られる新たな分野について、省エネ型水素エネルギー貯蔵、インテリジェント電子レンジ、植物有効育成を例に解説します。
2.省エネ型水素エネルギー貯蔵
水素社会を作るために様々な研究開発が進んでいますが、水素は常温で気体状態であるため輸送や貯蔵に問題を抱えています。この問題を解決する技術の一つとして、有機ハイドライド法が有望とされています。
これは水素を有機物質に化学結合して安定な液体状態で水素を貯蔵しながら、必要に応じて水素を化学反応で取り出すことができるため、既存の石油インフラをそのまま使える利点があります。
代表的な有機ハイドライド材料として、水素の貯蔵をメチルシクロヘキサン(MCH: C7H14)が担い、水素(3H2)を取り出した後のトルエン(C7H8)は次の水素を添加してMCHに戻すことで水素キャリアのリサイクルが可能です。
ただ、MCHから水素を取り出す化学反応はMCH溶液に分散させた貴金属触媒を加熱しながら進める必要があり、この触媒加熱に必要な加熱エネルギー量は発生した水素エネルギー量を上回るため、余剰や再生可能エネルギーを利用しなければエネルギー収支が合わないと考えられます。
その問題点の改善にマイクロ波加熱(MWH)を利用しました。セラミックヒーター(CH)と断熱材を併用した既存の加熱などと比べ、ヒーターの予熱を必要とせず、水素エネルギーを取り出すために必要な電力を1/8に削減させることに成功しました。現在では、水素発生効率が向上し、さらにエネファーム(700W)を賄うためのスケールアップ装置の試作を進めています。
3.インテリジェント電子レンジ
我が国における国産第一号の電子レンジは、1962年に業務用として発売され、火を使わずに加熱できる新しい高速調理器具として現在も大いに重宝されています。
しかし、既存のマグネトロン発振器から発生するマイクロ波は、周波数や出力の揺らぎが大きく、食品の繊細な加熱を行うことはできません。すなわち食品をおおよその温度で温めることしかできない熱源になります。さらなる利便性向上を求め、半導体発振器に代替えした電子レンジを開発し、電子レンジの新しい機能を提案しました。例えば、お刺身弁当のようなものをこの電子レンジで加熱すると、ご飯だけを選択加熱することができます(図1)。また、冷凍庫から出した硬いアイスなども電子レンジが食べごろの温度に繊細加熱を行うことができます(https://www.fnn.jp/articles/-/15958)。
図1:インテリジェント電子レンジ(試作第4号機)の(a)外観写真、(b)お刺身弁当、(c)ご飯だけが温まっているサーモグラフィーの図
4.植物有効栽培
多くの読者が「マイクロ波で植物を有効に栽培できる」と聞いて、不思議と思う人が多いことでしょう。野菜(植物)を電子レンジ(マイクロ波)で加熱調理することはあっても、育成に利用した例は聞いたことがありません。私たちは、例えば播種後14日目の植物に微弱なマイクロ波を1分照射した後、普通に栽培を続けると、約2倍の成長促進を引き起こすことができることを発見しました(図2)。本発明は、植物にマイクロ波を短時間照射するだけで、私たちに有利な様々な成長現象(成長促進、害虫忌避効果、熱耐性、発芽率向上、その他)を誘発させることができる内容です。
図2:(a)無刺激(コントロール)と(b)マイクロ波有効刺激法による植物の成長比較