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東洋大学 理工学部 機械工学科 教授
和田 昇
- エネルギー
- 機能性材料
燃料電池の白金代替触媒;生成が容易で安価
1.はじめに
水素を燃料とする固体高分子形燃料電池は、エネルギー変換効率が高く稼働中に排出するのは水のみという環境に優しい電力源であるが、コストと耐久性において難点がある.コスト高の原因の一つが、希少金属である白金を触媒として利用していることである.水素極(アノード)において水素分子を電子とプロトンに分離させる際と、酸素極(カソード)においてプロトン、酸素分子と電子から水分子を生成する際に、それぞれ白金が触媒として働く.現在、高価で埋蔵量に限りある白金の代用触媒は多くの研究者によって探索されているが、安価な材料を用いて簡便な方法で代用触媒を生成することは未だなされていない.
2. 結晶の生成
我々はマイエナイト(C12A7; 12CaO・7Al2O3)というセメント鉱物に着目した.単位胞に12個の直径~4 nmの“籠”(以後ケージと呼ぶ)を持つ多孔質結晶で、ケージ内に内包されている酸素イオン(O2-)を他の陰イオンや電子と置き換えることができる(電子で置き換えた物質をエレクトライドと呼ぶ).図1はケージ構造を表し、内包されている酸素イオンをフッ素イオン、もしくは電子に置き換えると、図2に示すように構造変化すると考えられる.
C12A7は、例えば酸化カルシウムとアルミナを規定のモル比で混ぜ、約1350℃で焼成することで得られる.フッ素置換はCaF2パウダーとC12A7と共に800℃で焼成が行われ、エレクトライド化はCa金属と共に真空下700~800℃で熱することによって行われる.
3.ハロゲン置換C12A7エレクトライドの触媒性能
我々は様々なC12A7組成物を生成し、燃料電池の触媒機能を調査した.方法としては、まずカーボンペーパー上にC12A7組成物、カーボンブラックとナフィオン溶液から触媒層を形成し、そして、電解質膜(ナフィオン膜)、白金触媒層からなるMEA膜を作成し、完成した固体高分子形燃料電池の電流電圧特性をソースメータで測定した.
図3は横軸を電流密度、縦軸を電圧もしくは電力密度として表したグラフである.アノードにはC12A7エレクトライド、またはフッ素置換C12A7エレクトライドを用いた触媒層を、カソードには白金触媒層を用いた.水素を流量7.0ml/minで測定した.C12A7エレクトライドは酸素イオンを電子で置き換えたサンプルであるが、フッ素置換C12A7エレクトライドと比べると、同じエレクトライドではあるがフッ素イオンを内包している方が大きな発電量を示した.
図4は白金触媒、as-is C12A7:F-(C12A7をCaF2と共に800℃で4時間焼成して生成されたサンプル)とそのas-isサンプルをエレクトライド化(Ca金属と共に真空下で焼成)したサンプルとの電流・電圧特性の比較を示す.C12A7:F-エレクトライドは白金触媒と比べると発電量は1/4程度であるが、以下で述べるように燃料電池作成の条件を最適化することで向上が望まれる.また、この図でas-isサンプルとC12A7:F-エレクトライドを比べると、エレクトライド化が触媒性能の向上に重要であることが確認できる.
4.これまでの結果と今後の発展
いろいろなC12A7組成物を燃料電池のMEA膜触媒層に用いて発電特性を評価した.これまでのところ、ケージ内包酸素アニオンをまずフッ素、もしくは塩素で置き換え、さらにエレクトライド化した結晶が最も活性な触媒として働くことを見いだした.また、この新触媒は、単に水素極での活性のみならず、若干発電量が低下するが酸素極においても活性が認められた.
触媒性能はいまのところ白金のそれと比べると劣るが、実験条件の最適化が未だ十分ではなく、今後、触媒性能の向上が期待できる.結晶性、結晶粒子のサイズ、ハロゲン元素の含有量(例えば3価のAlを4価のSiに置換してハロゲン元素の量をコントロール)、触媒層の構成成分比などをより緻密にコントロールすることにより、さらなる触媒活性を引き出すことができる可能性がある.
5.応用について
ハロゲン元素置換C12A7組成物について最も注目すべき点は、その原料費の廉価さと生成コストの低さである.MEA膜を安価に大量生産することができれば、手軽に燃料電池を利用することに繋がる.また、燃料は水素のみではなく、例えばアルコールやNaBH4等を含む水溶液なども候補としてあり、そのような燃料を利用しての小型の燃料電池も応用として考えられる.将来、セメント鉱物(ハロゲン元素置換C12A7エレクトライド)が我々の生活を大きく変える可能性がある.
http://www.toyo.ac.jp/nyushi/column/video-lecture/20200722_02.html