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東洋大学 生命科学部 生命科学科 教授
伊藤 政博
- ライフサイエンス
- 環境/アグリ
スーパーバグの持つ特殊能力を社会に生かす
東洋大学伊藤政博研究室(極限環境生命科学研究室)では極限環境微生物の中でも好アルカリ性細菌を対象に、その生命維持機構、環境適応機構について精力的に研究を展開しています。
今回の産学連携オンラインマッチングEXPOでは好アルカリ性細菌の基本特性、好アルカリ性細菌研究から派生した創薬研究への取り組み、好アルカリ性細菌研究から派生した環境浄化研究への取り組みについて、それぞれ紹介させていただきます。
好アルカリ性細菌とはpH10付近の高アルカリ性環境下で良好な生育を示し、生育にNa+を要求します。このような環境下では細胞外の水酸化物イオン(OH–)濃度が高いため、細胞膜の内側と外側のH+濃度勾配を介したプロトン(H+)駆動力を利用しづらい環境です。そのため、好アルカリ性細菌はNa+/ H+アンチポーターを利用してH+濃度勾配をNa+濃度勾配に置き換え、例えばべん毛モーターはNa+駆動力を利用しています。
好アルカリ性細菌のNa+/ H+アンチポーターはMrp(Multiple resistance and pH adaptation)と呼ばれ、その機能は高アルカリ性環境下において必須です。Mrpは7つのsubunit(MrpABCDEFG)からなるNa+/ H+アンチポーターであり、Monovalent cation: proton antiporter-3 (CPA-3) familyの一員です。 Mrpは原核生物界に広く分布します。重要なことに黄色ブドウ球菌や緑膿菌のMrp型アンチポーターはそれらの病原性と深く関わることが示唆されており、実際それぞれの微生物のMrp欠損株を用いたマウス感染モデル実験では顕著な感染毒性の低下が観察されました。このことから、Mrpの構造機能相関を明らかにし、その感染に果たす役割を理解すれば、新しい感染予防や治療法の開発につながる可能性があります。
Mrpアンチポーターの作動原理はまだ完全には解明されていません。しかし、最近、その分子構造がクライオ電子顕微鏡による解析で明らかとなりました。得られた構造機能相関をもとに現在Mrp阻害剤の開発を進めています。
最後に環境浄化研究への取り組みについて、特に微生物のセシウム(Cs)取り込み能や耐性について紹介させていただきます。セシウムは微生物の生育を阻害するほか、Cs137は放射性汚染の主要核種です。Csがもたらす微生物の生育阻害は主に、Cs+がK+輸送系を介して細胞内へ流入するが、排出系がK+特異的であるため、結果として細胞内のK+が不足することに起因します。Microbacterium sp. TS-1株はハエトリグモから単離された至適生育pHが9.0の好アルカリ性細菌で、顕著なCs+耐性を示します。したがって本菌には強力なCs+排出機構が存在するか、あるいは細胞内Cs+を効率よく吸着・無毒化する機構を有することが示唆されます。我々の研究室ではTS-1株のCs+耐性機構の解明を目指し、Cs+感受性を示す変異体とそれらに対する復帰変異株を取得し、これらの全ゲノム配列を比較することにより、MTS1-00475遺伝子を同定しました。本タンパク質のアンチポート活性を評価したところ、Cs+に対する見かけ上のKm値は比較的高いものの、高いCs+/H+アンチポーター活性を示しました。このような活性を示すタンパク質は今まで知られておらず、我々は同タンパク質をCs+/H+ antiporter(CshA)と命名しました。
今後はCshAのCs+に対する親和性を上げるとともにcshA遺伝子を異種生物内で発現し、Cs+耐性を付与することも期待されます。またCshAをもつ反転小胞を利用すれば、溶液中からCs+を特異的に濃縮・隔離することも想定でき、Cs+回収技術への展開も期待できます。
上記手法を利用することにより、Mg2+の輸送に関与すると考えられるmgt遺伝子もTS-1株のCs+耐性に関与することがわかりました。そこで種々のMg2+濃度存在下でTS-1株のCs+耐性を評価したところ、驚くべきことにMg2+を添加するだけでTS-1株のCs+耐性が大幅に向上しました。重要なことに、この現象はTS-1株に限ったものではなく、広い範囲の細菌に共通に観察される現象でした。Mg2+のこのような効果はいままで報告されておらず、Cs+取り込み能が高いが、Cs+耐性の低い生物にMg2+を添加することにより、これらのCs+回収能を高めることができると考えられます。
このように好アルカリ性細菌の環境適応機構を理解することにより、新しい微生物機能、特に金属カチオンの輸送に関与する微生物機能や新しい生命現象が示され、新しい技術シーズ創出への展開を期待しています。